第48話

兄ちゃんの友達
1
2026/04/27 12:46 更新
スバルサイド

ブロックを触ってた亮の手が、ふっと止まった。

さっきまで「できた」「ちゃんと?」って確認しながら動いてたのに、その流れがぷつっと切れる。
視線が宙を泳いで、俺の顔に戻ってくる。

この感じ、来るなってわかる。

朝からの流れもある。
起きて荒れて、叩いて、押して、引っ張って、朝ご飯でやってやってになって、着替えでお膝爆発して、迎えに行って、家に戻って、おやつして、遊んで。

刺激も情報も多い。

「疲れた」って言葉にできへん分、別の形で出る。

「にちゃん」

「なに」

「……りょ」

「りょ?」

一拍。

「りょあかんするよー」

スイッチ入った。

「何する気やねん」

「お膝する?」

「今はせえへん」

「ちゃう」

「何がちゃうねん」

一歩近づく。

手が伸びて、俺の服を掴む。
さっきの崩れみたいな強さやない。テンションのままの力。

「お膝する?」

「せえへんって」

「ちゃう」

「ちゃうちゃう言うても今ちゃう」

「お膝したい?」

「したいのは亮やろ」

「ちゃう」

横でこうきがぽかんとしてる。

「なあすばる」

「ん?」

「これ、何語?」

「日本語や」

「ほんまか?」

「亮語やな」

「亮語か」

こうきが小さく笑う。

亮はまた一個投げる。

「アイスする?」

「今ちゃう」

「ちゃう」

「後でや」

「ちゃんと?」

「ちゃんと」

「よし」

「何がよしやねん」

でもこれで一個進む。

「にちゃん」

「なに」

「おやつする?」

「さっきしたやん」

「ちゃう」

「ポテチ食べたやろ」

「ちゃう」

「食べ過ぎやって」

「ちゃう」

こうきが吹き出す。

「いや絶対食べたやん!」

「食べてたな」

「なんで忘れてるん?」

「忘れてるんちゃう。関係ないねん」

「強いなそれ」

亮はまた俺を見る。

「にちゃん」

「なに」

「おやつする?」

「せえへん」

「ちゃう」

「後でや」

「ちゃんと?」

「ちゃんと」

「よし」

こうきが笑いながら言う。

「今の“よし”の基準がわからん」

「俺もわからん」

「でも成立してるよな」

「してる」

亮はまた次。

「トイレした?」

「してへん」

「ちゃう」

「さっき行ったやろ」

「ちゃう」

「今ちゃう」

「ちゃんと?」

「ちゃんとちゃう」

「よし」

「それでええんか」

こうき、完全にツボ入る。

「ちゃんとちゃうって何なん」

「便利ワードや」

亮はその笑い声に反応する。

ぴたっと止まって、こうきを見る。

少し長い。

「……ひと」

「そう、人やで」

俺が返す。

こうきが手振る。

「俺やで」

亮はまた俺を見る。

「にちゃん」

「なに」

「ひとおる?」

「おる」

「ちゃんと?」

「ちゃんとおる」

「よし」

こうきが小さく言う。

「俺、認識されたかもしれん」

「されたな」

「やば」

でも詰めへん。

そこがええ。

亮はまた続ける。

「にちゃん」

「なに」

「ぶーのる?」

「どこ行くねん」

「いこ」

「行かへん」

「ちゃう」

「全部ちゃうやん」

「ちゃう」

こうきが笑う。

「否定しかないやん」

「でもちゃんと返してるから会話にはなってる」

「ほんまやな」

亮がぐいっと近づく。

服を引っ張る。

「にちゃん」

「なに」

「りょあかんするよー」

「だから何するねん」

「お膝する?」

「今はせえへん」

「ちゃう」

「さっきからそれや」

「お膝したい?」

「したいのは亮」

「ちゃう」

体ごと寄ってくる。

もう半分乗りに来てる。

でもまだ乗せへん。

「座るなら座る」

「ちゃう」

「ちゃんと座るならええで」

「……する」

どさっと乗る。

一気に体重来る。

「うわ、重い」

「ちゃう」

「ちゃうちゃう言うても重い」

「お膝」

「してるな」

「ちゃんと?」

「ちゃんとお膝」

こうきが横で笑う。

「ちゃんとお膝って何なん」

「亮にはいるねん」

「俺も使おかな」

「やめとけ」

こうきがふざけて体寄せるフリする。

「すばる、お膝する?」

「せえへん」

「ちゃう」

「お前もそれやるな」

こうきが笑って、すぐ首振る。

「あかん俺が乗ったら、スバルの膝潰れるわ」

「もう潰れかけてるけどなぁ」

亮が動く。

「潰れる?」

「兄ちゃんの膝な」

「ちゃんと?」

「ちゃんとは潰れへん」

こうきが自分の体見て言う。

「だって俺、亮くんよりチビやけど、重さは勝ってるもん」

「それは勝ってる」

「やろ」

「そこは勝ってる」

「嬉しい勝ち方ちゃうけどな」

こうきは笑う。

でも、そのあと少しトーンが変わる。

「なあすばる」

「ん?」

「なんで俺、こんな体なんやろ」

亮が膝の上で小さく言う。

「にちゃん」

「おる」

「ちゃんと?」

「ちゃんと」

返しながら、こうきの方見る。

「こんな体って?」

「なんかさ」

こうきはブロックをいじる。

「背もそんな高くならんかったし」

「うん」

「筋肉もつきにくいし」

「うん」

「丸いし」

「丸いな」

「そこ否定してや」

「丸いのは丸い」

「ひど」

笑う。

でも続ける。

「作業所でさ、教えてくれる人にダウン症やからやろって言われてん」

「うん」

「まあそうなんかもしれんけどさ」

少し間。

「それで全部片付けられるの、なんかなぁって思って」

ちゃんと疑問として出てる。

「筋肉つきにくいとか言われた?」

「言われた」

「ほんまやで」

「ほんまなん?」

「うん。体の中の作りがちょっと違うねん」

「作り?」

「筋肉がつきにくい、力が入りにくい、関節が柔らかい」

「それめっちゃ言われる」

「やろ」

「すぐ疲れるし」

「それもそう」

「じゃあちゃんと理由あるんやな」

「ある」

「ダウン症やから、で終わりじゃないんやな」

「終わりちゃう」

こうきが少し安心した顔になる。

「なんかちゃんと説明されたん初めてかも」

「そうか」

「今の方が納得する」

「それでええ」

少し間。

俺が聞く。

「ほな理想は?」

こうき、即答。

「俺、ダウン症のイケメン目指してんねん」

めっちゃええ顔で言う。

「イケメンか」

「うん」

「ええやん」

「やろ?」

「顔はもうええ線いってるで」

「ほんま?」

「ほんま」

照れる。

「じゃあ体も頑張るわ」

「無理せん程度にや」

「筋トレする」

「ちょっとずつな」

「よっしゃ」

亮が膝の上で動く。

「にちゃん」

「なに」

「おる?」

「おる」

「ちゃんと?」

「ちゃんと」

こうきがその様子見て言う。

「亮くんもちゃんと確認してるな」

「大事やねん」

「俺もしたなるわ」

「せえへんくせに」

「するって」

笑う。

亮がその声に反応して、こうきを見る。

さっきより長い。

逃げへん。

「ひと」

「そう、人」

「ここ」

「ここおる」

「ちゃんと?」

「ちゃんと」

こうきが小さく言う。

「俺、ここおってええんやな」

「ええで」

「よかった」

亮の体の力が抜けていく。

さっきのテンションが嘘みたいに、ただ乗ってるだけになる。

「にちゃん」

「なに」

「お膝」

「してるな」

「ちゃんと?」

「ちゃんとお膝」

こうきがぽつっと言う。

「なあ」

「ん?」

「俺、ここ来てよかったわ」

「また言うてる」

「今回はちゃんとやで」

「ちゃんと、な」

「うん、ちゃんと」

亮がその音を拾う。

「ちゃんと」

小さく。

でもはっきり。

「ちゃんとやな」

俺が返す。

三人の空気が、ゆっくり整っていった。

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