スバルサイド
ブロックを触ってた亮の手が、ふっと止まった。
さっきまで「できた」「ちゃんと?」って確認しながら動いてたのに、その流れがぷつっと切れる。
視線が宙を泳いで、俺の顔に戻ってくる。
この感じ、来るなってわかる。
朝からの流れもある。
起きて荒れて、叩いて、押して、引っ張って、朝ご飯でやってやってになって、着替えでお膝爆発して、迎えに行って、家に戻って、おやつして、遊んで。
刺激も情報も多い。
「疲れた」って言葉にできへん分、別の形で出る。
「にちゃん」
「なに」
「……りょ」
「りょ?」
一拍。
「りょあかんするよー」
スイッチ入った。
「何する気やねん」
「お膝する?」
「今はせえへん」
「ちゃう」
「何がちゃうねん」
一歩近づく。
手が伸びて、俺の服を掴む。
さっきの崩れみたいな強さやない。テンションのままの力。
「お膝する?」
「せえへんって」
「ちゃう」
「ちゃうちゃう言うても今ちゃう」
「お膝したい?」
「したいのは亮やろ」
「ちゃう」
横でこうきがぽかんとしてる。
「なあすばる」
「ん?」
「これ、何語?」
「日本語や」
「ほんまか?」
「亮語やな」
「亮語か」
こうきが小さく笑う。
亮はまた一個投げる。
「アイスする?」
「今ちゃう」
「ちゃう」
「後でや」
「ちゃんと?」
「ちゃんと」
「よし」
「何がよしやねん」
でもこれで一個進む。
「にちゃん」
「なに」
「おやつする?」
「さっきしたやん」
「ちゃう」
「ポテチ食べたやろ」
「ちゃう」
「食べ過ぎやって」
「ちゃう」
こうきが吹き出す。
「いや絶対食べたやん!」
「食べてたな」
「なんで忘れてるん?」
「忘れてるんちゃう。関係ないねん」
「強いなそれ」
亮はまた俺を見る。
「にちゃん」
「なに」
「おやつする?」
「せえへん」
「ちゃう」
「後でや」
「ちゃんと?」
「ちゃんと」
「よし」
こうきが笑いながら言う。
「今の“よし”の基準がわからん」
「俺もわからん」
「でも成立してるよな」
「してる」
亮はまた次。
「トイレした?」
「してへん」
「ちゃう」
「さっき行ったやろ」
「ちゃう」
「今ちゃう」
「ちゃんと?」
「ちゃんとちゃう」
「よし」
「それでええんか」
こうき、完全にツボ入る。
「ちゃんとちゃうって何なん」
「便利ワードや」
亮はその笑い声に反応する。
ぴたっと止まって、こうきを見る。
少し長い。
「……ひと」
「そう、人やで」
俺が返す。
こうきが手振る。
「俺やで」
亮はまた俺を見る。
「にちゃん」
「なに」
「ひとおる?」
「おる」
「ちゃんと?」
「ちゃんとおる」
「よし」
こうきが小さく言う。
「俺、認識されたかもしれん」
「されたな」
「やば」
でも詰めへん。
そこがええ。
亮はまた続ける。
「にちゃん」
「なに」
「ぶーのる?」
「どこ行くねん」
「いこ」
「行かへん」
「ちゃう」
「全部ちゃうやん」
「ちゃう」
こうきが笑う。
「否定しかないやん」
「でもちゃんと返してるから会話にはなってる」
「ほんまやな」
亮がぐいっと近づく。
服を引っ張る。
「にちゃん」
「なに」
「りょあかんするよー」
「だから何するねん」
「お膝する?」
「今はせえへん」
「ちゃう」
「さっきからそれや」
「お膝したい?」
「したいのは亮」
「ちゃう」
体ごと寄ってくる。
もう半分乗りに来てる。
でもまだ乗せへん。
「座るなら座る」
「ちゃう」
「ちゃんと座るならええで」
「……する」
どさっと乗る。
一気に体重来る。
「うわ、重い」
「ちゃう」
「ちゃうちゃう言うても重い」
「お膝」
「してるな」
「ちゃんと?」
「ちゃんとお膝」
こうきが横で笑う。
「ちゃんとお膝って何なん」
「亮にはいるねん」
「俺も使おかな」
「やめとけ」
こうきがふざけて体寄せるフリする。
「すばる、お膝する?」
「せえへん」
「ちゃう」
「お前もそれやるな」
こうきが笑って、すぐ首振る。
「あかん俺が乗ったら、スバルの膝潰れるわ」
「もう潰れかけてるけどなぁ」
亮が動く。
「潰れる?」
「兄ちゃんの膝な」
「ちゃんと?」
「ちゃんとは潰れへん」
こうきが自分の体見て言う。
「だって俺、亮くんよりチビやけど、重さは勝ってるもん」
「それは勝ってる」
「やろ」
「そこは勝ってる」
「嬉しい勝ち方ちゃうけどな」
こうきは笑う。
でも、そのあと少しトーンが変わる。
「なあすばる」
「ん?」
「なんで俺、こんな体なんやろ」
亮が膝の上で小さく言う。
「にちゃん」
「おる」
「ちゃんと?」
「ちゃんと」
返しながら、こうきの方見る。
「こんな体って?」
「なんかさ」
こうきはブロックをいじる。
「背もそんな高くならんかったし」
「うん」
「筋肉もつきにくいし」
「うん」
「丸いし」
「丸いな」
「そこ否定してや」
「丸いのは丸い」
「ひど」
笑う。
でも続ける。
「作業所でさ、教えてくれる人にダウン症やからやろって言われてん」
「うん」
「まあそうなんかもしれんけどさ」
少し間。
「それで全部片付けられるの、なんかなぁって思って」
ちゃんと疑問として出てる。
「筋肉つきにくいとか言われた?」
「言われた」
「ほんまやで」
「ほんまなん?」
「うん。体の中の作りがちょっと違うねん」
「作り?」
「筋肉がつきにくい、力が入りにくい、関節が柔らかい」
「それめっちゃ言われる」
「やろ」
「すぐ疲れるし」
「それもそう」
「じゃあちゃんと理由あるんやな」
「ある」
「ダウン症やから、で終わりじゃないんやな」
「終わりちゃう」
こうきが少し安心した顔になる。
「なんかちゃんと説明されたん初めてかも」
「そうか」
「今の方が納得する」
「それでええ」
少し間。
俺が聞く。
「ほな理想は?」
こうき、即答。
「俺、ダウン症のイケメン目指してんねん」
めっちゃええ顔で言う。
「イケメンか」
「うん」
「ええやん」
「やろ?」
「顔はもうええ線いってるで」
「ほんま?」
「ほんま」
照れる。
「じゃあ体も頑張るわ」
「無理せん程度にや」
「筋トレする」
「ちょっとずつな」
「よっしゃ」
亮が膝の上で動く。
「にちゃん」
「なに」
「おる?」
「おる」
「ちゃんと?」
「ちゃんと」
こうきがその様子見て言う。
「亮くんもちゃんと確認してるな」
「大事やねん」
「俺もしたなるわ」
「せえへんくせに」
「するって」
笑う。
亮がその声に反応して、こうきを見る。
さっきより長い。
逃げへん。
「ひと」
「そう、人」
「ここ」
「ここおる」
「ちゃんと?」
「ちゃんと」
こうきが小さく言う。
「俺、ここおってええんやな」
「ええで」
「よかった」
亮の体の力が抜けていく。
さっきのテンションが嘘みたいに、ただ乗ってるだけになる。
「にちゃん」
「なに」
「お膝」
「してるな」
「ちゃんと?」
「ちゃんとお膝」
こうきがぽつっと言う。
「なあ」
「ん?」
「俺、ここ来てよかったわ」
「また言うてる」
「今回はちゃんとやで」
「ちゃんと、な」
「うん、ちゃんと」
亮がその音を拾う。
「ちゃんと」
小さく。
でもはっきり。
「ちゃんとやな」
俺が返す。
三人の空気が、ゆっくり整っていった。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。