スバルサイド
リビングに入って、こうきが持ってきた大きめのレジ袋をテーブルの上に置く。
ガサッ。
その音だけで、亮の体が反応した。
「にちゃん!!」
声が一段上がる。
さっきまで、家に知らん人がいることで変なハイテンションになっていた亮の意識が、今度は一気に袋の方へ吸い込まれる。
「なに」
「おやつ!!」
やっぱり来た。
「おやつ見えたな」
「おやつしよ!!」
言いながら、もう体は前に出てる。
さっきまでこうきとの距離を取っていたのに、おやつが出た瞬間、その警戒心が一瞬吹っ飛ぶ。
こうきがどうとか、知らん人がいるとか、そういうのはいったん全部後ろに下がる。
今は、袋。
中に入ってるおやつ。
それだけ。
「待つ」
「ちゃう!!」
「待つ」
「おやつ!!」
亮の手が袋に伸びる。
速い。
止めるより先に、ガサッと中へ突っ込む。
「おいおい」
中からポテチ、チョコ、グミみたいな袋をまとめて掴もうとする。
「それ全部はあかん」
「ちゃう!!」
「全部ちゃう」
「おやつ!!」
「おやつはする。でも全部はせえへん」
「ちゃう!!」
握った手を離さない。
力が強い。
完全に独り占めしようとしてる。
「亮」
「なに!!」
「一個」
「ちゃう!!」
「一個」
「おやつ!!」
「一個ずつ」
「ちゃう!!」
「みんなのやつ」
「ちゃう!!」
「ちゃうちゃう言うても、みんなのやつ」
亮はぎゅっと袋を抱えようとする。
「それはあかん」
手首を軽く止める。
押さえつけるんじゃなくて、袋から離す方向を作る。
「離す」
「いや!!」
「離す」
「おやつ!!」
「食べるのはええ。持ってくのはあかん」
「ちゃう!!」
「袋はここ」
「ちゃう!!」
「ここ」
何回も同じことを言う。
亮は袋から手を離さへん。
その間、こうきは横で目を丸くしている。
でも、嫌そうではない。
むしろ、興味津々や。
「なあすばる」
「ん?」
「これってもしかしてさ」
こうきが袋と亮を交互に見る。
「亮くん、おやつ食べたいってこと?」
「そういうことやな」
「なるほどなぁ」
めちゃくちゃ納得した顔をする。
「めっちゃわかりやすいやん」
「わかりやすすぎるくらいやろ」
「いや、かわいいな」
その言葉に、亮が一瞬だけこうきの方を見る。
でも、すぐ袋に戻る。
「にちゃん!!」
「なに」
「おやつ!!」
「わかってる」
「おやつしよ!!」
「する」
「いま!!」
「今する」
「ぜんぶ!!」
「全部はあかん」
「ちゃう!!」
「全部ちゃう」
また言い合いになる。
ここで譲ると、たぶん全部いく。
亮はおやつが大好きや。
目に入ったら、それしか見えへん。
衝動が先に出る。
食べたい。
今食べたい。
全部欲しい。
自分の前に置きたい。
その気持ちはわかる。
でも、そこをそのまま通したら、楽しい時間じゃなくなる。
「亮」
「なに!!」
「これはみんなの」
「ちゃう!!」
「みんなで食べるやつ」
「おやつ!!」
「そう。みんなのおやつ」
「……」
一瞬だけ止まる。
でも、意味が入ったというより、音で止まっただけやと思う。
「一個選ぶ」
「ちゃう!!」
「一個」
「おやつ!!」
「おやつ一個」
「にちゃんあかんした!!」
「してへん」
「してる!!」
「全部取るのはあかんって言うてるだけ」
「ちゃう!!」
「ちゃうな。全部欲しいな」
「おやつ!!」
「知ってる」
袋の中から、ポテチの小袋を一つ取る。
「これ」
亮は一瞬で手を伸ばす。
「待つ」
「いや!!」
「座る」
「ちゃう!!」
「座ったらこれ」
「おやつ!!」
「座ったら」
「ちゃう!!」
「座る」
亮は顔をしかめる。
でも、ポテチから目は離さへん。
おやつがあると、こっちの声かけが少し入りやすくなる時もある。
逆に、入りにくくなる時もある。
今日は半々やなと思う。
「ここ座る」
「いや」
「座る」
「おやつ」
「座っておやつ」
「……」
少し迷う。
「にちゃん」
「なに」
「おやつ?」
「座ったらおやつ」
「……ちゃんと?」
「ちゃんと」
亮は渋々、ソファの端に座る。
でも体は前のめり。
今にもまた取りに来そうや。
「はい」
ポテチを一枚だけ出して渡す。
袋ごと渡さない。
「一枚」
「……」
受け取る。
ぱり、と食べる。
その瞬間だけ、少し静かになる。
食べることに集中する。
でも、目はすぐまた袋に戻る。
「おやつ」
「一枚ずつ」
「ちゃう!!」
「一枚ずつ」
「おやつ!!」
「今食べた」
「おやつ!!」
「次も一枚」
こうきがその様子を見て、楽しそうに笑う。
「なあすばる」
「ん?」
「これ、止めへんかったらほんまに全部いくやつ?」
「いく」
「まじで?」
「まじで」
「すげえな、亮くん」
亮はまた一瞬だけ顔を上げる。
今度は、こうきの声の方を見た。
ほんの一瞬。
でも、さっきより少し長い。
ただ、何も言わん。
そのまま俺に戻る。
「にちゃん」
「なに」
「おやつ」
「はいはい」
また一枚渡す。
「一枚」
「……ちゃんと?」
「ちゃんと一枚」
「おやつ」
「食べたら次」
「……」
亮は食べる。
こうきは自分も袋を覗き込む。
「これ俺も食べてええ?」
「ええで」
「やった」
こうきがチョコを一つ取る。
亮がそれを見る。
目が、チョコに行く。
すぐ手が伸びる。
「待つ」
「ちゃう!!」
「これはこうきの」
「ちゃう!!」
「こうきが取ったやつ」
「おやつ!!」
「亮はこっち」
別のポテチを見せる。
「ちゃう!!」
「人の取らん」
「……」
「亮のはここ」
「おやつ」
「ここ」
こうきがすぐ言う。
「ええで、俺のやつ亮くん食べても」
「いや、それやると全部いく」
「あ、そっか」
こうきはすぐ納得する。
「じゃあこれは俺のやつやな」
「そう」
「亮くんは亮くんのやつ」
「そう」
こうきはチョコを少し高めに持って、亮から距離を取る。
でも意地悪ではない。
「これ俺のやつな」
亮はじっと見る。
でも取りに行かない。
俺が間にいるからやと思う。
「亮」
「なに」
「亮のやつ」
ポテチを一枚渡す。
「おやつ」
「そう」
「ちゃんと?」
「ちゃんと」
そのやり取りを見て、こうきがにこにこしてる。
「なんかええな」
「何がや」
「みんなでおやつ」
「お前が持ってきたんやろ」
「そうやけど」
こうきは嬉しそうに言う。
「なんかさ、俺一人で食べるより、みんなで食べた方がうまいやん」
「そうやな」
「俺、こういうの好きやねん」
「知ってる」
「みんなで食べるやつ」
それを聞いて、こうきらしいなと思う。
この子は、分けることも待つこともできる。
それが完璧にいつでも上手いかと言われたら、もちろんそんなことはない。
でも、「みんなで」が好きなんや。
一緒に食べる。
一緒に笑う。
一緒に何かする。
そこに価値を置いてる。
だから、持ってきたお菓子も「自分が食べたいから」だけではない。
みんなで食べたら楽しいと思った。
それがこの袋の中身なんやと思う。
「プリンもあるで」
こうきが袋の奥からプリンを三つ出す。
「ほら、三個」
亮の目が一瞬で変わる。
「ぷりん!!」
「出た」
「ぷりん!!」
「プリンは後」
「ちゃう!!」
「後」
「ぷりんしよ!!」
「今ポテチ食べてる」
「ぷりん!!」
こうきがすぐ言う。
「プリン後でええんちゃう?」
俺を見る。
「冷蔵庫入れとく?」
「そうやな」
「俺入れてくる?」
「頼むわ」
「おっけー」
こうきが立ち上がって、プリン三個を持つ。
亮がそれを目で追う。
でも、取りに行こうとする前に俺が声をかける。
「亮」
「なに!!」
「プリン、冷蔵庫」
「ちゃう!!」
「後で」
「ぷりん!!」
「後で食べる」
「ちゃんと?」
「ちゃんと」
「ぷりん?」
「後で」
こうきが冷蔵庫の前から言う。
「亮くん、ちゃんと冷蔵庫入れとくで!」
亮は反応しない。
というより、まだ直接返せない。
でも、聞いてはいる。
こうきがプリンを入れて戻ってくる。
「入れた!」
「ありがとう」
「これで安心やな」
「安心やな」
亮はまだ少し不満そうにしてる。
「ぷりん」
「後で」
「ちゃんと?」
「ちゃんと」
「にちゃん」
「なに」
「おやつ」
「はいはい」
ポテチをもう一枚。
この繰り返しで少し落ち着いてくる。
完全には落ち着かん。
まだ袋に手を伸ばそうとするし、隙あらば多めに取ろうとする。
でも、さっきみたいに全部抱える勢いは少し弱まった。
「一枚」
「……」
「食べる」
「……」
「次」
「……ちゃんと?」
「ちゃんと」
こうきは横でジュースを出してる。
「これジュース二本ある」
「多いな」
「あと缶コーヒー」
「それ俺用か?」
「たぶん」
「たぶんなんや」
「すばる飲むかなと思って」
「ありがとう」
「ええで」
こうきは軽く言う。
こういうところが、ほんまに自然や。
気を使ってるんやけど、気を使ってます感があんまりない。
「なんかさ」
こうきがチョコを食べながら言う。
「亮くん、思ってた以上にイケメンすぎてびっくりしたんやけど」
急に話が変わる。
「そこ今言う?」
「いや、今思った」
「おやつ食べながら?」
「うん」
こうきは亮をちらっと見る。
でも直接は言わん。
ちゃんと俺に言う。
「めっちゃ顔整ってるやん」
「まあ、顔はええな」
「自慢げやん」
「弟やし」
「いやでもほんまに。しかも俺より全然背高いし」
こうきが自分の頭の高さを手で示す。
「俺、チビやからさ」
「俺もやで」
すぐ返す。
「いやいや、すばるは俺よりでかいやん」
「そんなんちょっとやろ」
「ちょっとでもでかいやん」
「亮には二人とも負けてる」
「それはそう」
こうきが笑う。
亮は、その会話を聞いてる。
でも内容はたぶんほとんど入ってへん。
ただ、こうきの声と俺の声が交互にしているのはわかってる。
時々顔を上げる。
俺を見る。
こうきを見る。
またおやつを見る。
「にちゃん」
「なに」
「おやつ」
「はい」
一枚渡す。
「ちゃんと?」
「ちゃんと」
こうきは少し静かに笑ったあと、ぽつっと言う。
「俺ももうちょっと大きくなりたかったなぁ」
その言い方は軽い。
でも、完全に何も思ってない言い方でもない。
「なんかさ」
チョコの包みをくしゃっと丸めながら続ける。
「大人らには、ダウン症やから小さいのしゃーないやろって言われるんやけど」
「うん」
「まあ、そうなんかもしれんけどさ」
こうきは笑う。
「俺としては、もうちょいあってもよくない?って思うねん」
「なるほどな」
「せめてあと五センチ」
「五センチ欲しいんや」
「欲しい」
「五センチでええん?」
「ほんまは十センチ」
「欲張りやな」
「だって亮くん見たらさ、やっぱでかいのええなってなるやん」
「まあな」
「俺もあれくらいあったら、ちょっとかっこええやん」
「今でもかっこええやん」
「ほんま?」
「ほんま」
「すばる、そういうとこすぐ言うやん」
「思ってるからな」
こうきはちょっと照れたように笑う。
「でもさ」
「うん」
「小さいのって、なんか子ども扱いされやすいやん」
その言葉に、少しだけ空気が変わる。
重くはない。
でも、ちゃんと本音が出てる。
「俺、大人やのにな」
「大人やな」
「一人暮らしもしてるし」
「してる」
「仕事もしてるし」
「してる」
「洗濯も……まあ、時々あれやけど」
「今日は干せたやん」
「干せた!」
こうきはぱっと笑う。
自分でちゃんと戻れる。
「でもさ、見た目で子どもみたいに思われることあるねん」
「あるやろうな」
「それ、ちょっと嫌やねんな」
「うん」
「でも、しゃーないって言われたら、しゃーないんかなってなる」
「嫌なら嫌でええんちゃう」
「ええん?」
「ええよ」
「小さいの嫌って言っても?」
「言ってええ」
「でもダウン症やからって言われるで」
「言われても、こうきが嫌やと思うのは自由やろ」
こうきは少し黙る。
それから、ゆっくり頷く。
「そっか」
「うん」
「俺、小さいのちょっと嫌やわ」
「うん」
「でも、まあ、俺かわいいしな」
すぐ自分で明るくする。
「自分で言うたな」
「かわいいやろ」
「かわいいで」
「かっこいいは?」
「かっこいいもある」
「よし」
こうきは満足そうにチョコをもう一個取る。
その横で、亮がまた袋に手を伸ばす。
「おっと」
俺が先に止める。
「一個ずつ」
「ちゃう!!」
「一個ずつ」
「おやつ!!」
「今こうきの話してたやろ」
「おやつ!!」
「聞いてへんかったな」
こうきが笑う。
「亮くん、俺の身長の話よりおやつやな」
「そらそうや」
「正直でええな」
「正直すぎる」
亮はポテチを受け取って食べる。
その時、こうきがふっと言う。
「でも亮くん、背高いなぁ」
亮が顔を上げる。
今度は少しだけ、こうきの方を見た。
長くはない。
でも確かに見た。
「にちゃん」
「なに」
「おやつ」
「はいはい」
すぐ戻る。
でも、今の一瞬は大事や。
こうきの声に反応して、見た。
それだけで十分や。
「なあすばる」
「ん?」
「今、亮くんちょっと俺見た?」
「見たな」
「見たよな?」
「見た」
「やった」
こうきが小さく笑う。
大げさに喜ばない。
でも、ちゃんと嬉しそうや。
「俺、ちょっとずつでええわ」
「そうやな」
「いきなり友達は無理やんな」
「無理やな」
「でも、今ちょっと見た」
「見た」
「じゃあええか」
「ええ」
こうきは納得したように頷く。
亮はおやつに夢中。
でも、さっきより少しだけ空間に慣れてる。
こうきは俺に喋り続ける。
亮は俺を通しておやつをもらう。
二人はまだ直接交わってへん。
でも、同じテーブルの近くにいる。
同じ袋のおやつを見てる。
同じ音を聞いてる。
同じ時間の中にいる。
それだけで、ちゃんと始まってる。
「亮」
「なに」
「次で一回終わり」
「ちゃう!!」
「次で終わり」
「おやつ!!」
「また後で」
「ちゃんと?」
「ちゃんと」
「ぷりん?」
「プリンは後で」
「ちゃんと?」
「ちゃんと」
こうきが横から言う。
「プリン、俺入れたから大丈夫やで」
亮は返事しない。
でも、ほんの少しだけこうきの方を見る。
それから、俺に戻る。
「にちゃん」
「なに」
「ぷりん」
「後で」
「ちゃんと?」
「ちゃんと」
こうきが小さく笑う。
「今の、ちょっと聞いてたんかな」
「聞いてると思うで」
「そっか」
「返さへんだけでな」
「そっか」
こうきはそれを聞いて、また嬉しそうに笑った。
まだ距離はある。
かなりある。
でも、さっき車に乗った時よりは、少しだけ違う。
亮の世界に、こうきの声がほんの少し入った。
こうきも、それをちゃんと喜べる。
それだけで、この時間は十分進んでる。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。