家を出て、早朝のまだ静かな住宅街を歩く。
このぐらい時間が早いとまだこのあたりは静かで、いつもの暴動なんてうそみたいに思える。
でも、僕はいつもの癖でパーカーを目深に被って歩いている。
そして、ずっと別のことを考えている。
暴動が起こっていることを目の当たりにしたくなくていつもそうしていたら、癖になってしまったのだ。
──でも今日は、その癖のせいで後ろから近づく足音に気づくことができなかった。
誰かに肩を叩かれて振り返ると、まったく知らない男性が虚ろな瞳で僕を見つめていた。
僕がこの人に何かしてしまったのかと思い、とりあえず謝る。
でもその人は、僕の謝罪には反応せずに話し始めた。
僕を見つめるその瞳は、ずっと虚ろなままだった。
差し出されたナイフをそっと戻し、僕は言葉を続ける。
殺したって殺されたって何もならない。そんなこと、みんな本当はわかっているはずなのに。
苦しそうな目でこちらを見つめる彼に、胸が苦しくなる。
もうやめてほしい、と叫びたくなる。
それだけを絞り出して、僕は逃げた。逃げてしまった。
店まで走り、大急ぎで買い物をして、違う道を通って帰った。
もうあんな思いはしたくなかった。
────バタン。
家に帰ってきた、という安堵感が僕を包み、体から一気に力が抜けた。
マオに心配かけられない。───そう思って嘘を吐いた。
でも、もうあの道は通りたくなかった。
あの日から約二週間。色々なものがまた足りなくなってきて、僕はまた買い物に行くことになった。
───本当は行きたくなかった。
あの日の彼の縋るような目が。
苦しそうな声が。
一人で背負うには大きすぎる絶望が。
僕の脳裏に焼き付いて、忘れようとしても忘れられないのだ。
あの日から、外を見るだけでも僕は思ってしまう。
この空の下にはどのぐらいの人がいるのだろう。
──そしてそのうちのどれだけが、彼のような思いを抱いているのだろう。と。
ヘッドフォンを頭にかけ、数週間ぶりに外へ出る。
頭が痛い。身体が重い。
これじゃあまるで、雨水で錆びたロボットだ。
もし機械だったら動かなくなっているであろう自分の身体を無理やり前に進める。
ヘッドフォンの外からうっすらと聞こえる色々な声は、この前よりやけにはっきりと聞こえた。
───あの人が死を乞う声が、また何処かで聞こえた気がした。













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!