1秒、2秒———時はすぎてゆく。
誰も、口を開かなかった。
おそらく、すでに5分は経過した頃。
泣き止んだ白が、小さな声でポツポツと言葉を並べる。
この2人が恋仲だったというのは、既に勘付いていた。白は基本的には敬語を使い会話をするので、彼らが相当親しい仲だったのは一目瞭然だ。
「感謝」。そう述べる彼は、笑っていた。
乾いた笑いなのに、ずっとずっと柔らかい笑顔だった。
俺らはただ、黙っていることしかできなかった。
「いい人生でした」そう呟くように言う彼の腕を、白は一歩前に出て掴む———
はずだった。
白が掴もうとした青年のの細い腕は、まるで幻影のようにフッと歪んで、触れられないまま空回る。
冷たい声だった。
突き放された者の、悲しみを嘆くような声。
半分泣いたようなそれが、白に向けられた。
ふと白の手を見れば、拳をギュッと握りしめていて。
相変わらずの冷たい声に、どこか期待が混じっていたのは、きっと気のせいじゃない。
青年は黙った。俺らも声など出さずにただその場を見ているだけ。
誰1人として口を開こうとしない中、声を上げたのは赤色だった。
長い沈黙。世界から音が消えたかのように、風の声すら聞こえない。
草木は揺れている。
ただ、音がしない。
刹那、酷い鋭痛が腹を刺す。
ダメだ、空気を読め。
そう思えど、腹の痛みは治らない。
俺はその場で意識を手放した。
目が覚めたのは見慣れた明かりと医務室のベッド。
目の前ではボロボロと涙を流しながら俺の頬に触れる赤。
俺の胸ぐらを力なく掴み布団を濡らす赤色に少々困惑しながら、俺は白に問いかけようとした。
俺の言葉を遮ったウサギは、俺の前にオーバーベッドテーブルを出して、その上にコト、と小さく音を立てその上にカップを置いた。
ミルクココアが一杯。
ストレスとプレッシャーからだろうか。酷く体調を崩したらしい。
Grrrと涙声混じりに唸る赤には、悪いなとは思う。だが何故赤がこんなにも俺を心配しているのかが理解できなかった。別に嫌な気はしないのだが、どこか舞い上がってしまう自分がいるから憎らしい。
こんな奴に。そう思った。
しばらくすれば、白のものであろう軽い足音と共に明るい声が聞こえてきた。
「よかった」とため息を吐く白には、いつものどこか憂鬱に曇った顔は無く。代わりにあったのは、普段よりもずっと軽くて、人が変わったんじゃないかと疑うくらいの物腰柔らかな雰囲気。俺はそれに酷く驚いた。
ハトが豆鉄砲食らった時の気持ちがよく分かった気がしたよ。
もちろんそんな感情を赤色が飲み込めるはずがなく。
思ったことを全て口にしなければ気が済まないのか。赤色はどちらかといえば飛び出してきたハトにビビって豆鉄砲を打った側のような怪訝な顔をしていた。
...ちとバカにしすぎか。
でも本当にそんぐらい間抜けな顔してたよ、赤は。
それでもサマにはなる綺麗な顔立ちはしていたが。
腹立つわ。やっぱなし。
そう少々面倒くさそうに、いつもより感情を表に出して言う様に俺は少しだけ安心した。
失礼だが、コイツにも感情なんてもんがあったんだって。
白にそう訊いてみれば、彼は少々幸せそうに笑った。
その言葉を聞いて、俺は察した。
あぁ、ちゃんと成仏できたんだなっt
カーテンレールの上からひょっこりと顔を覗かせた青年は、ニコニコと変わらず上品な笑みを浮かべている。明るいところで見るのと暗いところで見るのは、だいぶ違う。あんなに不気味に思っていた笑顔は、こんなにも繊細で綺麗なモノだったかと疑う程度には違って見えた。
胸と、左目から頬に垂れた血は相変わらずいい気はしないが、「既に死んでいるし」と片付ければそこまで不自然なものではなかった。...多分
そう白と青年に訊いてみれば、先に答えたのは青年。
にこやかに簡潔すぎる内容を口にする青年は、「申し遅れました」と深々とした礼と共に名だけ名乗るとても簡単な自己紹介をした。
「そうですか」とにこやかな笑みを浮かべたまま中に浮くキノコは、半透明なのもあるのかとても儚く見えた。
...ような気がしなくもない。
その後、白から詳細を聞かされた。
どうやら、呪いというものは飛び火するらしい。失敗した呪いが自分に返ってくる場合と、失敗した呪いがよく似た別の人にかかってしまう場合があるとのこと。キノコはその被害者ということだ。
キノコが呪術やら魔法やら、そんなものが好きだった事もありよくその事について勉強?していた白がキノコの受けた呪いにいち早く気付き、呪いの進行を止めようとした結果、瀕死状態にして一度生命活動を断つ事が1番キノコが長く生きられる方法だと考えたそう。そんなハイリスクハイリターンな事をキノコにしてみた結果がこの霊体だと。目は呪いが進行して潰れちまったらしい。
後で話した方が、キノコが自分を嫌いになった時に別れやすいからと、なにも話さずやった事が誤解を招きあんな険悪ムードになったと。何も話さず刺し殺す奴がどこにいるんだとも思ったが、まぁ「お前は呪われてるから今から一回殺すために刺すぜ」と言って承諾を貰えるとも思わないわな。
変に納得するのは癪だが、原因がわからないよりはずっといい。
呪いを受けた奴は霊的なモノになりやすいのかね、そんな事も言っていた気がする。よくわからんが。とにかく、そんなカップルのイザコザに巻き込まれた俺たちは今ここで置いていかれてる訳だ。
そんな話を聞いた直後、赤色は何かに食いついた。
場は、シンと静まり返る。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Osmanthus_fragrans_(orange_flowers).jpg
界 : 植物界
階級なし : 被子植物
階級なし : 真正双子葉類
階級なし : コア真正双子葉類
階級なし : キク類
階級なし : 真正キク類I
目 : シソ目
科 : モクセイ科
連 : オリーブ連
属 : モクセイ属
種 : モクセイ
変種 : キンモクセイ
学名 【Osmanthus fragrans Lour var. aurantiacus】
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。