「お茶」その言葉は覚えていたらしい。ヒカリの悪かった機嫌は最高潮と言っても過言ではないくらいに達した。ぶっちゃけ、白は料理上手だ。白の恋人も料理は好きだったみたいで、料理している時は思い出に浸ってる感じがして好きらしい。
白の淹れた紅茶や珈琲、緑茶など、ハズレはない。嗜む程度とは言っていたが、店を出せるんじゃないかってレベルだ。
相変わらず、2人は仲がいい。そんな様子をベッドの上から見ている彼は、時たま包帯を弄っている。
普通に頭にきた。
どうやら彼は、包帯の用途を止血だけだと思っているようだ。
そんな頭の足りていない死に損ないに、優しい俺はちゃーんと教えてやった。
だろうな。そう思った。
どうせわかってないんだろうと思ったよ。こいつは本当に同じ群れの住人なのかと思うほどには野生的だ。
どうせ鬱血するくらいの無理矢理な止血法なんだろうな。
どうでもいいか。
こっちに向かって呼びかけてきた白。棚のすぐ横にある本棚を漁っていた赤色は、話なんて聞いていないようだ。
再び声をかければ、赤色は顔を上げた。
開いた本の内容が分からず、困惑した顔。
彼は2ページと読まずに本を戻した。オーバーベッドテーブルをふたつ取り付けて、その上に全員分のティーカップと菓子を置く。もちろん、この赤色の分もある。
椅子をベッドの横に置いて、側から見れば大変頭のおかしい見た目だ。カーテンに囲まれた個室で、患者のベッドを取り囲むように医者たちが座って、お茶会をする。多分、世界初だろうな。
もちろん、アホは話を聞いていない。
患者が黙ったので、そちらを見る。
酷く驚いた顔をした。鳩が豆鉄砲食らったみたく、元々デカかった目を更に見開いて、硬直している。
その言葉を聞いて、ハッと我に帰ったかのように口を開く赤色。
宝石が太陽に透かされたみたいに目を輝かせて、心底嬉しそうな顔をして、彼は言った。
そう言ってやれば、今は両腕が器用に使えない彼は俺にずい、近づいた。
包帯を剥がしてやれば、赤色は幸せそうに笑う。
今まで、誰かと食事したことがないんじゃないかと思うくらいには、儚げで可憐だった。
...何考えてんだろ。今のナシ。
その時、ガララ...と元気なさげな音が入り口から聞こえた。
個室から外に出て、入ってきた人物を見れば、腐れ縁のあいつ。
それだけの会話をして、青の幼馴染は思い出したかのように俺に聞いてきた。
酷く心配したような顔。でも、疲労が勝るような声。
「元気」と聞いて「よかったぁ」と笑った。
2、3秒時間が経ってから、青は口を開く。
結果、青は硬直。ビジーカーソルと「読み込みに失敗しました」が1番似合う、何かをしてる途中で急に時が止まったかのような固まり方をした。
...2、3、4..
時間だけが過ぎていく。
俺が声を掛ければ、疲れてるとは思えないくらいの声で返答があった。こいつはこんな奴だ。バカで、お人好しで、子供らしい。昔からこの3点セットは変わらない。
俺がお茶を淹れられないという事ではない。ただ、俺が淹れたのよりも白が淹れた方が絶対に美味しいから。それが理由だった。
白がお茶を一杯、青が座ってる前に置く。
まぁ、だろうな。
青はお茶会が好きだ。バカアフタヌーンティーでも喜んで参加する。それもあってか、紅茶や珈琲、菓子の種類には俺よりも圧倒的に詳しい。んで、そんなお茶会バカは死に損ないの患者に声をかけた。
そこまで患者に顔を近づけて良くみている訳ではないが、よく見たとしても俺らには見抜けないだろう。
それ以前に患者の言葉が汚いので、そこを注意した。
真面目なんだかそうじゃないんだかよく分からない解答だった。
ただ、青はそれを上回った。
何を言ってるんだ。
青はノリがいい。だからこの返答をするのも分からなくは.....いやよく分からないが、患者に至ってはその顔面と声と搬送された理由からは想像もできない下劣で醜穢な言葉がつらつらと流れ出る。
もちろん青もそれに全て乗っかれるわけではない。楽しげではあるが。会話を続ける元気が、彼にはなかったらしい。
口を縫い合わせられることに対して抵抗はないらしい。
それに頷けば、焦った様子で白と青が止めに入る。
もちろん、本当に縫い合わせなんてしない。彼らの静止の声に返事はしてやらなかったが。
ふと、口汚い患者が口を開く。
御名答。もちろん大腸から胃にかけてざっくりとイっていた。よく分かったな、とか言ってやろうとおもったが、それより先に青が口を開いた。
大丈夫である保証はない。ただ、大丈夫じゃない確信もない。
アホは既にカップに口をつけて、まだ熱い紅茶を飲んでいた。
包帯を外した患者を見て、白は酷く驚いていた。
心配気に患者を見つめる白。そんな彼に、患者は口を開く。
まぁ、確かに変だ。左目は濃いエメラルド色の透き通った色で、瞳孔は白くバッテンを描いていた。問題は右目だ。
真っ黒な強膜、瞳は藤色のバッテン。淡く光る藤色は、ほんのり闇に包まれた強膜を照らす。
曖昧な回答。それに続けて赤色は白にきいた。
そう言われて、白は図星を突かれたようだ。右目の上、琥珀色の瞳に手を重ねる。赤紫色の傷口をなぞりながら、白は想いにふけるような声で口を開いた。
こいつは本当に....
「アハハ」と楽しげに笑う赤色。
確かに、気になった。俺はこいつから傷ができた原因は聞いてないし、出会った時には既に傷跡になっていた。
ただ、こんな初対面の奴が踏み込んで聞いていいモンじゃない。白はパーソナルスペースも広いし、警戒心も強い。こんな事話すようなヤツじゃないと思っていた。
あ、話すんだ。
しかも、白の彼女が死んでいるのは知っていたが、まさか彼女に付けられた傷だったとは。それ以上深くは誰も探ろうとしなかったし、白も話そうとしなかった。そして、青も俺も、ひとつ同じことで気になっている事があった。
「あーそういや言ったね」なんて赤色は言って、話を始めた。
流暢に、話が続けられる。
そいつは、そのまま何も不思議な様子は見せずに言った。
この場にいる皆(アホは除く)、その話に聞き入っていた。
「話長くてごめんね〜、話まとめるの苦手なの」なんて笑いながら言う彼。
それどころじゃなかった。
俺も、青も、白も、もちろん意味を理解していない。
「友達が逃げられたのを確認して、気づいたら病室で目が覚めて、友達が死んでた。」
意味がわからない。
一同黙っていれば、白が口を開いた。
少し間を開けて、赤色が口を開いた。
その話を聞いて、白が何か心当たりがあるような声で一言。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:LeontopodiumAlpinum-1.jpg
界 /植物界
門 /被子植物門
網 /双子葉類網
亜網 /キク亜網
科 /キク科
亜科 /キク亜科
連 /ハハコグサ連
属 /ウスユキソウ属
種 /セイヨウウスユキソウ
亜種 /L. alpinum ssp. nivale
L. alpinum ssp. pamiricum
学名【Leontopodium alpinum】
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。