第11話

11話
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2023/03/04 04:00
 呆然としゃがみ込む私と、顔を上げたまま私を見つめるクラスメイト。どちらも今の状況が信じられず、まるで私たち二人の間だけ時が止まってしまったかのようだった。
 最初に動き出したのは、クラスメイト――たしか丹波たんばさん――だった。
丹波未冬
丹波未冬
時岡さん、今……喋った?
時岡和花
時岡和花
え……っと。う、ん……
丹波未冬
丹波未冬
わああ! 時岡さんが喋った!
 勢いよく起き上がると、大声で丹波さんは言う。そんな丹波さんの頭を後ろから来た誰かが小突いた。
上原にこ
未冬、うるさい
 なかなかの勢いで小突かれた丹波さんを私が心配するよりも早く、彼女は頭を押さえたまま振り返る。小突いたのが誰かわかっている様子で「だってね!」とそのまま話を続けた。
丹波未冬
丹波未冬
にこちゃん! 時岡さんが喋ったんだよ! ビックリじゃない!?
上原にこ
や、そりゃ確かにビックリだけど。こういう反応したら時岡さん困るんじゃない? ほら、時岡さんビックリ通り越してあんたに若干引いてるよ?
丹波未冬
丹波未冬
嘘、やだ! ごめんね、時岡さん。ビックリさせちゃって
時岡和花
時岡和花
や、えっと……ううん。だい、じょぶ
 引く、というよりは圧倒されたという方が正しい気がする。おずおずと返事をする私の手を取ると、丹波さんはギュッと握りしめた。
丹波未冬
丹波未冬
わー、嬉しいなー。私、一度時岡さんとお話ししてみたかったの
時岡和花
時岡和花
私、と?
丹波未冬
丹波未冬
そう。だから今、お喋りできてすっごく嬉しい
 屈託のない笑顔、とはこういうのを言うのかと思うぐらいの満面の笑みを浮かべていた。でも私にはそんな笑顔を向けてもらえる資格なんてない。理由もわからない。
丹波未冬
丹波未冬
時岡さん?
 私の表情が曇ったことに気づいたのか、丹波さんは心配そうに尋ねる。そんな私たちに、さっきほどにこちゃんと呼ばれた上原うえはらさんが「とりあえず席に座ろうか」と促した。
 気づけばクラスメイトが何事かと私たちを見つめていた。注目されることが恥ずかしくて気まずくて、私は慌てて自分の席へと向かう。そんな私に丹波さんたちもついてきた。
 席に座った私の隣に立つと、丹波さんは何が嬉しいのかニコニコと笑っている。
時岡和花
時岡和花
……どうしたの?
丹波未冬
丹波未冬
どうしたって何が?
時岡和花
時岡和花
え、あ、その、嬉しそう、だから
 私の疑問に、そんなの当たり前だ、とでも言うかのように丹波さんは言う。
丹波未冬
丹波未冬
そりゃ嬉しいよー。さっきも言ったでしょ。時岡さんとお話ししたかったんだって
時岡和花
時岡和花
どうして……
丹波未冬
丹波未冬
どうしてってお話ししたいことに理由なんている?
時岡和花
時岡和花
丹波さん……
 このクラスに、私にそんな感情を抱いてくれる人がいるなんて思ってもみなかった。
時岡和花
時岡和花
ありが、と……う……
 小さな声で言った私に、丹波さんはもう一度嬉しそうに笑った。
 
時岡和花
時岡和花
暁斗君!
 その日の放課後、私は大急ぎで旧校舎の音楽室に向かった。
 どうしても、暁斗君に今日あった出来事を聞いて欲しかった。
杉早暁斗
杉早暁斗
和花? どうしたの? そんなに慌てて
時岡和花
時岡和花
私! 声が出たの!
杉早暁斗
杉早暁斗
え?
時岡和花
時岡和花
教室で、声が出たの! 暁斗君がくれた黒鍵のおかげだよ。これを握りしめてたらなんか暁斗君と一緒にいるときみたいに気持ちが安心できて、それで……それで……
 一気に話す私に圧倒されたような表情を浮かべながらも「よかったね」と暁斗君は微笑んでくれる。
 その笑顔に安堵して、ほうっと息を吐いた。黒鍵を握っていれば、暁斗君と繋がっているような気がして安心できた。でも、やっぱりこうやって目の前にいてくれるのとでは全然違う。
杉早暁斗
杉早暁斗
和花?
時岡和花
時岡和花
な、なんでもない
 不思議そうに顔を覗き込まれて、私は慌てて後ろに飛び退く。そんな私を暁斗君は首を傾げて見つめていた。
 
丹波未冬
丹波未冬
和花ちゃん! おはよ!
 教室に入った私を丹波さん――未冬みふゆちゃんは目敏く見つけると一番端の席から手を振る。
時岡和花
時岡和花
お、はよ……
 あの日から、未冬ちゃんはよく私に声をかけてくれる。おずおずと返事をする私に笑顔を浮かべると「こっちこっち」と手招きをする。
 そこには上原さんや他の女子もいて、カバンを置いて輪の方に近寄った私を当たり前のように入れてくれる。
 ふと気付くと足下にハンカチが落ちているのが見えた。この中の誰かのだとは思うのだけど……。
時岡和花
時岡和花
……あのっ
クラスメイト
え?
 突然しゃがみ込んでから声を上げた私に、それまでお喋りしていたみんなの視線が向けられる。
 一瞬、声をかけたことを後悔しそうになった。でも……。
時岡和花
時岡和花
これっ! 床に、落ちてた!
 ハンカチを差し出すと「あっ」という声が聞こえた。
クラスメイト
これ、私のだ。拾ってくれたの? ありがと
 ポニーテールを揺らしながら、成田なりたさんがお礼を言ってくれてホッとする。
丹波未冬
丹波未冬
あー! キョンちゃん、和花ちゃんは私のなんだから取っちゃ駄目だよー!
クラスメイト
取らないし、そもそも
 少しずつ、少しずつではあるけれど、旧校舎の音楽室以外にも私の居場所ができていくことに嬉しさと、それからほんの少しの寂しさを感じていた。

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