呆然としゃがみ込む私と、顔を上げたまま私を見つめるクラスメイト。どちらも今の状況が信じられず、まるで私たち二人の間だけ時が止まってしまったかのようだった。
最初に動き出したのは、クラスメイト――たしか丹波さん――だった。
勢いよく起き上がると、大声で丹波さんは言う。そんな丹波さんの頭を後ろから来た誰かが小突いた。
なかなかの勢いで小突かれた丹波さんを私が心配するよりも早く、彼女は頭を押さえたまま振り返る。小突いたのが誰かわかっている様子で「だってね!」とそのまま話を続けた。
引く、というよりは圧倒されたという方が正しい気がする。おずおずと返事をする私の手を取ると、丹波さんはギュッと握りしめた。
屈託のない笑顔、とはこういうのを言うのかと思うぐらいの満面の笑みを浮かべていた。でも私にはそんな笑顔を向けてもらえる資格なんてない。理由もわからない。
私の表情が曇ったことに気づいたのか、丹波さんは心配そうに尋ねる。そんな私たちに、さっきほどにこちゃんと呼ばれた上原さんが「とりあえず席に座ろうか」と促した。
気づけばクラスメイトが何事かと私たちを見つめていた。注目されることが恥ずかしくて気まずくて、私は慌てて自分の席へと向かう。そんな私に丹波さんたちもついてきた。
席に座った私の隣に立つと、丹波さんは何が嬉しいのかニコニコと笑っている。
私の疑問に、そんなの当たり前だ、とでも言うかのように丹波さんは言う。
このクラスに、私にそんな感情を抱いてくれる人がいるなんて思ってもみなかった。
小さな声で言った私に、丹波さんはもう一度嬉しそうに笑った。
その日の放課後、私は大急ぎで旧校舎の音楽室に向かった。
どうしても、暁斗君に今日あった出来事を聞いて欲しかった。
一気に話す私に圧倒されたような表情を浮かべながらも「よかったね」と暁斗君は微笑んでくれる。
その笑顔に安堵して、ほうっと息を吐いた。黒鍵を握っていれば、暁斗君と繋がっているような気がして安心できた。でも、やっぱりこうやって目の前にいてくれるのとでは全然違う。
不思議そうに顔を覗き込まれて、私は慌てて後ろに飛び退く。そんな私を暁斗君は首を傾げて見つめていた。
教室に入った私を丹波さん――未冬ちゃんは目敏く見つけると一番端の席から手を振る。
あの日から、未冬ちゃんはよく私に声をかけてくれる。おずおずと返事をする私に笑顔を浮かべると「こっちこっち」と手招きをする。
そこには上原さんや他の女子もいて、カバンを置いて輪の方に近寄った私を当たり前のように入れてくれる。
ふと気付くと足下にハンカチが落ちているのが見えた。この中の誰かのだとは思うのだけど……。
突然しゃがみ込んでから声を上げた私に、それまでお喋りしていたみんなの視線が向けられる。
一瞬、声をかけたことを後悔しそうになった。でも……。
ハンカチを差し出すと「あっ」という声が聞こえた。
ポニーテールを揺らしながら、成田さんがお礼を言ってくれてホッとする。
少しずつ、少しずつではあるけれど、旧校舎の音楽室以外にも私の居場所ができていくことに嬉しさと、それからほんの少しの寂しさを感じていた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!
転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。