第9話

9話 好きだから
常葉 紫乃
常葉 紫乃
それで? 
疲れてるなら、家に帰ったほうが
休めるんじゃない? 
なんでここに来たの?
ふたりの間に立ち込める
甘酸っぱい空気を払拭するように、
紫乃くんが話を元に戻す。
あなた

あ、えっとね、目の前で話してる
相手が紫乃くんだったらなあって
考えてたら、ここに来てたんだ

常葉 紫乃
常葉 紫乃
……! あんた……
紫乃くんは責めるように私を見たあと、
俯いて武者震いしていた。
あなた

(え、なんで??
怖いんですけど!)

常葉 紫乃
常葉 紫乃
俺の心臓止めたいわけ?
息の根止めようとしてんの!?
あなた

だからなんで!?

常葉 紫乃
常葉 紫乃
それくらい、自分で考えなよ!
紫乃くんは踵を返して
店内に戻っていく。

その耳は真っ赤だった。
あなた

(私は……どうしよう)

休みなのにお店に入り浸るのも迷惑かな、
と考えつつ……。
あなた

(できれば、まだ帰りたくないな。
もう少し、紫乃くんと話していたい)

そう思っていると、
紫乃くんがひょいっと入口から顔を出す。
常葉 紫乃
常葉 紫乃
なにしてんの?
入れば?
あなた

あ、うん!

私は紫乃くんに促されて店内に入る。

すると、赤やピンクのカーネーションが
大量に飾られていて、
店内がいつもより華やかになっていた。
あなた

そっか、来週、
母の日だもんね

常葉 紫乃
常葉 紫乃
カーネーションって、赤とかピンク
とかが主流みたいになってるけどさ。
母の日が始まった頃、シンボルに
なってたのは白だったんだよ
あなた

え、そうなの?

常葉 紫乃
常葉 紫乃
アメリカの話だったかな。
亡くなった母親が好きだった
白いカーネーションを、
母をしのぶ会で参加者に贈ったのが
始まりなんだって
あなた

素敵な話だね……。
お花って、特別な日に、特別な人に
贈られることが多いから、このバイトって
すごくやりがいあるんだよね

ふたりでカーネーションを眺める。
あなた

(紫乃くんって、本当に花に詳しい。
育て方から花言葉、その歴史まで、
なんでも知ってるんだもん)

あなた

やっぱり紫乃くんと話してると、
楽しいな

常葉 紫乃
常葉 紫乃
ほ、褒めてもなにも出ないから
頬を赤らめながら、紫乃くんはむすっとした。
あなた

(これ、紫乃くんの照れ隠しなのかな)

あなた

同じ高校なわけじゃないのに、
共通の話題がなくても、紫乃くんの話は
すっと私の中に入ってくるんだ

常葉 紫乃
常葉 紫乃
それは……
紫乃くんは言い淀む。
常葉 紫乃
常葉 紫乃
あなたと話題が合うように、
調べたから
あなた

え?

常葉 紫乃
常葉 紫乃
ここに通うたび、
共通の話題ができるようにって、
調べてるうちに、花が好きになってた
あなた

な、なんで?

常葉 紫乃
常葉 紫乃
はあ? ここまで言えば、
普通気づくでしょうが!
あなた

(だって、まるで私と話したくて、
そうしてたみたいに聞こえる……)

常葉 紫乃
常葉 紫乃
好きだったから
紫乃くんは片手で赤い顔を覆った。
常葉 紫乃
常葉 紫乃
だからここに通ってた。
いい加減、わかりなよ
あなた

……っ

あなた

(本当に、私のことが好きで、
通ってくれてたの?)

常葉 紫乃
常葉 紫乃
俺に花の世界を教えてくれたのは、
あなただから
鼓動が、うるさいくらい高鳴っている。

胸に溢れてくるこの熱い感情は、なんなのだろう。

私は、名前のつけられない想いの答えを、
紫乃くんの瞳から必死に探っていた──。