このチャイムの音を聞くと、体が緊張して負担がかかるから嫌だ。
いつだったか、隣離の席で彼方がそうつぶやいたのを昨日のことかのように覚えている。
放課後の廊下にはまばらに生徒たちが歩き回っていた。部活終わりに教室に一旦戻ってくる生徒たちの話し声は廊下に漏れて響き渡る。
放課後は休み時間と比べて比較的静かだから好きだった。ベランダから見る彼方の姿もまた好きで、しょっちゅう緋色達を巻き込んでベランダでくつろいだりしている。
「もう寒くなってきたから教室入るわ」
そう緋色が言ったのを合図に私たちはぞろぞろと教室に戻っていった。
「もう部活終了時間だから帰んなきゃね」
残念そうに言う杏は、ただ単に私をからかいたいだけだってことはわかっている。
「彼方くん教室戻ってくるんじゃない?」
「あ、うんそうだね」
本当は言われなくても最初からそう思っていた。みんなは私がまだ教室にいたいと言うことを口に出さなくてもわかっているらしく、何も言わずに椅子に座った。
しばらくいつも通りに会話を進ませていき、廊下から聞こえてくる音に耳を澄ませながらも杏の推しキャラクターの熱弁を聞いて相槌を打った。
しばらくして、たくさんの足音と共に彼方の声が聞こえてくると私は体に力を入れた。
「おやおや愛しの彼方くんがきたみたいですね」
杏の声にも耳を貸さず私はそっと息を吐き、姿勢を整える。身だしなみを整えるのは女子として普通の事だ。
「土曜日の練習試合の相手って丘の上中学校だろ?絶対勝てない」
「丘の上中ならわんちゃんいける、ぶっちゃけ強いのって小坂蒼とか言うやつだろ?あいつさえ対策できてれば可能性はなくはない」
部活が終わっても部活の話をしているのを聞くと、恋愛なんて興味ないんだなとか思って悲しくなる。私が入ることのできない会話をしていることもまた寂しかった。
教室に入ってきたサッカー部の複数のメンバーを横目に見ながら、今度は杏の話を完全に無視して耳を澄ます。
「そろそろ帰ろうぜ」
ようやくそう言った声が聞こえてきたのは最終下校のチャイムがなってから1分も経たないうちだった。
私は帰ってしまうのかと、寂しく思い小さく意識したため息をつく。
私たちも揃って鞄を持ち、ギシギシと鈍い音を立てる椅子を軽く押して机を整える。
ついてきていると思われたくはないため、男子達よりも先に教室の外へ出て5人で並んでゆっくりと廊下を進んで昇降口へ向かった…
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。