第7話

【6話】
104
2019/06/29 22:47
「ねえ、堀内くん」
「どうしましたか」
並木道を歩いていた。青々と茂る木々の葉には、まだ雨の露が光っていた。
「堀内くん」
「なんでしょう」
見れば、彼女は何か不服そうな顔で、僕を見上げていた。
「堀内くん、堀内くん」
「えっと、なんでしょうか」
彼女の真意が掴めなくて、僕は少したじろいだ。
「名前で呼んでよ、とか、そういうのはないのか、君は」
それだけ言うと、彼女はそっぽを向いてしまった。ええと、つまり、名前で呼んでください、と僕に言われたかったのか。
僕は空気が読めない。鈍感だ。自覚はある。それだけに、申し訳ない。
「あの、さか…響さん」
「何ですか?」
まだ不満げな彼女に少し気圧されるが、踏みとどまってちゃんと伝える。
「僕、ひ、響さんに『堀内くん』って呼ばれるの、好きです」
あ、と気づいた。言葉選びを間違えた。
響さんは明らかに落胆してしまった。違う、そうじゃなくて。
「けど、もし名前で呼んでくれたら、もっと嬉しいです」
自分で言っていて照れくさくなった。何言ってるんだろ、と顔を逸らすと、同時にトッ、と軽い衝撃を受けた。響さんが、僕の腕に抱きついていた。心臓が飛び出た。いや、だいじょうぶ、飛び出てはいない。飛び出るかと思った。
「え、っと、坂口さん」
「響くん!」
彼女は目を輝かせていた。
「響くん、響くん!」
「どうしました、さ…響さん」
うふふ、と笑みを零すと、彼女は頬を染めて言った。
「響は、とっても嬉しいのです!」
顔が一気に熱くなった。眩しかった。満面の笑みでくるくると回り、感情を全身で表現する彼女が、ただただ眩しかった。
「あっ」
突然、彼女の体がぐらりと傾く。
考える間もなく駆け出し、間一髪で抱き止めた。
「だ、だいじょうぶですかっ」
「わ、へーきへーき。ちょっと、目眩が」
そう言って笑った。
今気づいた。響さんの顔色は、見るからに悪かった。その瞬間、彼女の病気を思い出す。心臓が凍る奇病。心臓が凍るなら、血液の巡りは悪くなるんじゃないのか。
背中に氷水を浴びせられたようだった。なぜ早く気が付かなかったんだ。馬鹿者。僕は、大馬鹿者だ。

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